美しいヌード ヌードを介して自身の美意識を描いてる

アート的な心像を描く画像

 

 

< 自画像 >

  ヌードを介して自身の美意識を描く自画像・芸術とアート的な心像を描く画像・・ 女性ヌード描いておいて、「自画像」とは言い難いのですが、象徴的概念においてのヌードであり、ヌードを通して自分を描いているように思います。 その意味では、やっぱり「抽象化した自画像」なのですね。 したがって、ヌードのコラージュ画像ですが、この絵を描くのにヌードモデルを介してません。 美しいヌードモデル 合成画像。

 

 その理由は上手く言うことができませんが・・・上の絵画を考えるとき、近代のおけるエコール・ド・パリといわれる中でも、モジリアーニについて書いてみたくなりました・・絵的には、スーチンなどに似ているが。 シャガールがロシアとポーランドの国境沿いに生まれたことは、その環境はワシリー・カンディンスキーと似ているとも考えられますが、シャガール同様、モジリアーニもユダヤ人であったことは、ゲルマン民族やラテン民族、スラブ民族などの中にあってはかなり少数派でもあり、その境遇は似ているかもしれません。 シャガールもモジリアーニ(はイタリアで生まれ育った)も出身地は異なるがユダヤ人でその後パリに行って名を成したと言う意味ではよく似ている・・・ただし、モジリアーニが認められたのは死後であるから、生前はかなり厳しい生活を強いられたと言われている。 モジリアーニ自身はかなりの男前であったとも言われるが、「自画像」なるものが残っているのかどうは分からない。 モジリアーニの作品の多くは女性ヌード(ヌードを介して自身の美意識を描く)と肖像画である。 シャガール同様、キュービズムの影響を受けるが、その手法を合理的で非人間的と考えていたのだろうか、シャガールが回想や郷愁に至るとき、モジリアーニは人としての苦悩を絵画にするようになった・・・するようになったというのは評論家の言うことで、制作する側として言うなら、そうしか出来なかったというのが正しい。 エコール・ド・パリと言われる人たちの中でも、ノスタルジーを描いた画家、ポエジーを感じさせる画家と言える。

 

 

   自身の美意識を描く足と足との間の画像 池の光景 自画像 アート的な心像を描く

 

当然のことですが、どのような絵でもそれはいつも作者にとっては「自画像」なのです。 女性ヌード描いていても、そのヌードを介して自身の美意識を描いてるわけですから。 

ここに載せている写真は公園の池を撮ったものです。 自分がとった写真にせよ絵にせよ、客観性というものはなく、人から言われて始めて気付くこともいいのですが、写真を撮るときの向きに関してです。 水平方向に向いて写真を撮る人と、それより上向きになる人、下向きになる人がいるように思います。 人が写真を撮るのを見ていると、上ばっかり見て撮っている人もいれば、地面の方ばかりカメラが向いてる人もいます。 それから、遠くばかり撮ってる人もいれば、近くばかりの人、接写ばかりの人とか、人それぞれですね。

 

 

  

公園の池 足を開いた状態にのポーズ・美しいヌードの合成写真 湖面に映る秋の風景 自画像

 

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