美しいヌード 常識的でなく不道徳な絵

尻をこちら側に向けたポーズ

 

   

< 常識的でなく不道徳な絵に見えますか? >

 厭らしさを超えていける感性と美意識 ・・・  モデルのコラージュ画像・・・ 見てはならないところがあるとか、描いてはならない部分があると考えるからなのでしょうね、常識的でなく不道徳な絵に見えてしまうのも。 厭らしく見えることはいっこうに構わないのです、ただし、それを超えていける美意識をもって見ていれば・・・ということです。 多くの方は、この「常識的でなく不道徳なだけ」で終わってしまうのですが、それはそれで健康なことではありますが、それだけでは詰まらないと思ってます。 もう一つ掘り下げて見ることです。 「美しいという枠」を広げてください。 常識的でなく不道徳なことも醜いことも、この「美しいという枠」に入ってきます。 今までになかった世界観で物を見れるようになります。 たぶんそこには、新たな感じる哲学が生まれてきます。  ・・・モデルと制作者の合意にも似たものから。

 

 背景に裸婦があり、色彩模様が全面に出てきます。 色彩を優先させた画家を思い浮かべるとき、私にはゴッホの名が最初に出てきます。 そして、その生命線が色彩にあったと言う意味では、次にはマティスの名を浮かべます。 マティスは激情を意味するフォービズムというカテゴリーに分けられるのでしょうが、それは感性の側にある色彩を優先したからだと思います。 また、激情を意味するフォービズムに分類されながら、もっとも知性的な印象を受けるのもマティスです。 造形的な意味において、それまでのアートを超えていこうとする過程で色彩を優先したものと思われます。

 

 

   美しいヌード・腰の姿 お正月の羽子板 常識的でなく不道徳な絵 真正面からのポーズ

 

人が偏見とタブー・変な好奇心や誤解を持つのは、自分自身の常識の外側にある世界観を見ることによります。 自分のこれまでの世界観が壊れてしまいそうで、その外側の世界観を恐れるわけです。 その恐れが偏見や誤解を生むことになります。 また、枠をこしらえる(くくって物事を考える)”癖”のある人たちにも、この偏見と誤解は多く見られます。 国家とか民族とか宗教とか地域とか使っている言語とか、くくり方はいくらでもあるのでしょう。 数学の因数分解ならば、くくることに意味はあります、複雑な式がクリアに見えますから。

 視覚の曖昧さでもあり、いい加減さなのかもしれません。 この場合、ヌードが手前にあって、枯葉の向うに見えるものが後ろ側に見えてもまったくおかしなことでもありません。

 

 

  

偏見と誤解・美しい後姿 美しいヌードデッサン・バスト 常識の外側にある世界観を見る常識的でなく不道徳な絵

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