美しいヌード セルフも辞さない・・女性心理

セルフヌード画像

   

美しいヌード  < セルフヌード >

セルフヌードという言い方を耳にしたのは10年くらい前からだと思います。 それ以前にもセルフで撮る方はいたのでしょうが、作品として発表するようになったのはそれ以後のことです。 

雑誌などでそれらの写真を見かけることはありますが、作者は女性で、いわゆるグラビア女性などの美しさではなく、普通の女性なのです。 さほどスタイル・プロポーションがいいわけでもなく、”決めのポーズ” をとっているわけでもありません。 それでも、何か不思議な、魅入ってしまうような、そんな画像が並びます。

  < セルフも辞さない女性カメラマンの心理 >

ここからは推測なのですが・・・男性カメラマンの多くは、メカニックなことに拘りますが、女性カメラマンは感性で撮ることに拘りがあり、それも、自分の形や(内面の)心の形・心像を描くのか見えるのかを収めようとしているようです。 その意味では、多くの男性カメラマンが上手に撮る事ばかりに縛られてますから、感性に拘るのであればよりアート的であるともいえます・感性が先行する人たち。  たぶん、女性には上手い写真という概念は分かりにくいのでしょうね。 風景写真などを撮っても、収まりようがない(感性を表現しようがない)のでしょう。 そうこうしているうちに、自分を撮ってみよう、セルフで、それもヌード(ヌードの体のライン)でと考えるのでしょう。 その写真を人に見せないのであれば、どのような写真を撮ろうと自己完結してしまうわけですが、人目に曝すとなれば、人の目のない(見られてない)ところでの撮影であっても、必然的に「密室の規制なるもの・・」は働いてきます。

ここでは、ヌードモデル(ヌードモデルをしてみては?)を多く描いてきましたし、写真も撮ってきました。 制作者の私は、モデルの自己表現の道具になっているのかもしれない・・と思うこともあります。 モデルにとっては、セルフでヌードを描いている(撮っている)感覚なのかもしれないのかと・・。 絵であればアート作品 ということで片付いてしまうわけですが、写真であれば ”内面の告白”的なショットが多く撮れてきます。 これをセルフで撮るなら、”私小説的な写真”にはなりそうです。 セルフヌードを撮るなら「密室の規制」、制作者とモデルの共同制作であれば「暗黙の了解」なのでしょう。 ポーズへの拘りヌードポーズについて・・・グラビア的な美しさで撮ろうとか、決めのポーズがあるわけでもないショットばかりが並ぶ女性作家のセルフヌード写真、自分の欠点をも曝してしまおうとする ”自分の心の形を暴く姿勢”、自身のヌードを通して女性の ”性(さが)までをも密告”しているようでもあり、アート的であるかどうかは別として、つい魅入ってしまうことにはなります・・・ヌードポーズにタブーは・・?

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