美しいヌード 前知識ではなく視覚を信じる

ヌード画

   

美しいヌード<「知識 vs 視覚」という対決の場>

モデルがどういうポーズをとるか・・・ということは大切なことですが、それより、絵を描く(または、写真を撮る)側がどの角度からどれだけの距離でどうアングルに収めるか・・・ということの方がより大切なことだと思います。 その意味では、この絵は何かが少しズレているような感じもします。 それに、絵自体がぎこちない感じもします・・・実際のポーズはもっと堂々としていたように記憶してます。

なぜヌードを描くのか?と聞かれれば、それは単純にヌードを見ているのが好きだから、より好奇心がもてる対象だから・・・ということです。 好奇心のもてるものしか、しっかり見ようとは思いませんから。 その後に、その好奇心を紙の上に残してやろぅ・・という欲張った気持ちが出てきます。 それで、ヌードを描くようになります。 好奇心はいつのまにか備わってるものですが、ヌードを描くという行動は単純な動機から始まります・知的好奇心に目覚めるとき。

< 前知識ではなく視覚を信じる >

家や橋などの人工的なものであれば、多少その形を描き損ねても不自然さは感じません。 もともと、人が作ったものだからです。 ところが、人体のように自然なもの(人工的な手が加えられていないもの)であれば、描き損ねれば不自然さが生まれます。 人体はこういうものだ・・・という前知識があるからです。 人体は最も身近なもので、最も好奇心の持てる対象の1つだからです。

逆のことも起こります。 前知識が多い分だけ先入観もあり、過去の体験や記憶に合わせて描こうとします。 そこで、実際に前にする人物(ヌード)をしっかり観察することを怠り、記憶に頼って描こうとします。 自分の視覚を信じればよいのですが、前知識(記憶)が邪魔に入ります(・・・人体を描くことの難しさの理由)。

そうこうしてるうちに、単純な動機で始めたことが、試行錯誤の連続と「知識 vs 視覚」という対決の場となっていきます・・・美しいヌード作品制作のために。

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