美しいヌード 美術モデルの本音

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美しいヌード< アートモデル「投稿文から」>

美術モデルをアートモデルということがあります。 一般的には、アートモデルとは「造形の原型」という意味であり、人体の原型という意味で、ヌードモデルをアートモデルというようになったようです。 上の絵は、女性ヌードというよりはむしろ車やロケットのような流線型をしたものに似てます。 真横から見た図は、レーシングカーとヌードはほぼ同じような印象があります。 そのアートモデルの投稿文を「美術モデルの本音」として紹介します・・・美しいヌード作品制作のために。

< 美術モデルの本音 >

< 美術モデル M.Y. さんからの投稿文・・ > 

突然の、メッセージ失礼致します。私は、モデルを時々しています。
サイト(制作者)さんの絵画にとても惹かれまして、モデルさんとの対談等も読ませて頂きました。
印象に残ったお話は、「男性の描き手さんは女性モデルをHな目で見ることから始まり、また、それがあるから創作意欲につながると」というものです。(表現の違いはお許しください。) そのHな感覚というものも人によって違うかと思いますが − 例えば、つい触れたくなる、モチーフとして美しくて触れたくなる、SEXの対象etc・・・。
私は男性モデルを見たとき、そういえば「この男性とは寝たくないけれど、筋肉は美しい」と思ったことがありました。
描く・描かれるは別として、やはりヌードを目の前にすると、Hな目というのは必然的に沸いてくるものなのでしょうか。
でも、なぜ私はその男性モデルとは寝たくなかったのかというと、好みの問題なのか、彼の人間性を何か感じ取り、性の対象としては受け入れたくはなかったのか。それは、わかりません。 男性の性的な感覚と女性のそれは、また違いますし。
ただ、対談でもお書きになられてましたように、それは「モデルの内面性」があるからなのかもしれませんね。ふとしたしぐさで、人の印象が変わることはあります。第一印象で決まることもあります。
モデルの立場では、「この人(達)に体を見せたくない、描かれたくない」と思うことはあります。サイト(制作者)さんは描き手さんなのに、こんなこと書いて失礼です。申し訳ありません。 たぶん、描き手さんとモデルの人間性や信頼関係があって、作品が生まれるのではないのかとおもいます。
モデルとしては、「好み」はなんともならないでしょうが、より美しい作品が生まれるよう努力していきたいと、考えさせて頂けました。ありがとうございます。

私は、クロッキーのモデルの時は、「テーマ」を想定してポーズを頭の中で考えるのですね。例えば、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」のようにちょっとドラマチックな感じにしよう・・・!とか。 でも、いざ、開始されると頭の中真っ白状態です。   モデル暦約5年ですが、いつもそんな調子です。緊張します。

・・・美術モデルの本音 アートモデル「投稿文から・・」 から・・・美しいヌード作品制作のために。

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