美しいヌード モデルへのインタビュー

ヌード・タイトル画像

   

 

< ヌードの日常性と非日常性 >

制作者 「日常と非日常の境目というか、その違いはどこにあるとお考えですか? 美術モデルをする側にとっては・・」

モデル 「日常的な空間であれば、例えば外を歩くときなどには露出度の高い服装はしませんし、身体のラインがはっきり見えるような服は着ません。 ところが、アートな空間であれば、ヌードになることにはまったく抵抗はありません。 それは、ヌードに対する偏見・タブー・変な好奇心がないからでしょうね」

制作者 「男性と女性の違いなのか、個人的な感覚や感性の違いからなのか・・・その辺のところはよく分かりませんが・・・男性(私個人)にとっては、ヌードは日常と非日常の交錯する世界の中にあります。 外を歩いていても、通りすがりの女性のヌードを想像するようなこともあります、それもかなり”リアル”に・・・。 通りすがりの女性は「日常」ですが、リアルに想像するヌードは「非日常」の世界です。 また、絵を描くという行為においては、日常性と非日常性の意味も少し違ってくるように思います」

モデル 「・・・・・」

制作者 「絵を描くという行為は、それなりのエネルギーが必要です。 視覚的好奇心というものは絵を描く動機にはなりますが、行動に移すとなれば ”別のこと” になります。 観察力を全開にするというか、背景も含めてヌードをフラット(均一)に見ることを強いられます。 部分に目を奪われてるようでは話にならない(絵にならない)ということです。 フラットに見るということは、そこに日常的な好奇心の入り込む余地はありません。 私の中では、先ほど言われたような(ヌードに対する)変な好奇心はあるのでしょうが、作品を制作する行為においては、それらから解放されているといえるかもしれません。 ヌードへの偏見とかタブーはないと思います・・」

・・・・ つづく ・・・・「ヌードに対する 偏見・ タブー・ 変な好奇心

上の画像は、茶室とヌードのコラージュです。 潜むエロティシズム

 

モデルへのインタビュー

 fujii mihaku氏のヌードデッサン。 このfujii mihaku氏の ”不思議” は、ヌードへの観察力ではなく、男性でありながら女性に、それもヌードに成りきった自分を描いていると思われることです。 ヌードと向き合っているのではなく、ヌードになりきっている・・・ということですかね。

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・・・・ つづく ・・・・「ヌードに対する 偏見・ タブー・ 変な好奇心

 

 

偏見とタブー・変な好奇心 ポーズにタブーは・・? 様々な趣味・趣向 知的好奇心

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