美しいヌード モデルへのインタビューを終えて

ヌードモデルへのインタビュー

   

 

< ヌードへの偏見や誤解 >

 モデルへのインタビューを終えて・・・美術モデルをされていることには、世間の偏見と誤解はまだまだあるのでしょうね。 ヌードモデルといえば、一般的には撮影モデルを指していると思いますし、興味本位な画像やビデオを連想される方が多いこともあります。  性的好奇心を煽るばかりの画像の氾濫もあります。 今日の対談したモデルさんが、ヌードモデルという言い方を使わず、敢えて 「美術モデル」 という言い方をされることにも頷けます。

未知の世界への恐れが偏見や誤解を生む

 これからモデルをされる人へのアドバイスを伺ったところ、インタビューに応じてくださったモデルさんが 「クロッキー会ではヌードを造形美として考えるわけですから、日常的な美意識 (ポーズ) を持ち込んでも意味がないと思います・・」 と仰られていたことが印象に残ります。  多くの人は、日常という小さな世界観の中にあるのでしょうね。  その外にある大きな世界観があることは想像できるのでしょうが、体験するまでには至らないこともあり、未知の世界として恐れるのでしょう。 その恐れが偏見や誤解を生むものと思われます。

対峙する自然から共生する自然へ

 また、「恥じることを徳とする」歴史的背景もあります。 その中でも、裸を恥じる歴史については、幕末から明治維新以降の西洋文化の移入から始まっているように思います。 それ以前は、人も自然の一部であると考えていたことから、ヌードを特別なものとは考えなかったと思われます。 厳しい自然下におかれた西洋では、自然は脅威であると考えることから、自然と対峙する (征服するための自然という) 自然観が生まれてきたとも言われます。  したがって、自然はもとより、人本来の姿であるヌード自体も芸術とは考えなかったようです。  人の加工した (キャンバスに描かれた) 絵画や彫刻に関しては芸術であると考えてましたが、 それはあくまでも、人の手が加えられた (自然な物ではなく) 人工的な物であるからなのでしょう。  この国 (日本)では穏やかな気候に恵まれたからでしょうか、自然は恵みを与えてくれるという (有り難いという) 自然観があります・共生と調和。  また、ヌードも含めて自然の姿そのものを芸術と考えます。 アニメがグローバルに受けるのも、この (有り難いという) 自然観が背景にあるとも考えられます。 ”自然派” を自負するモデルさんとの対談からも、(人と自然とが共生しようとする) 新たな時代への推移が感じとれます。

新たなものの見方や反応の仕方

 タイトルが 「美しいヌード」 となってますが、ヌードを 美しく描こうというつもりはありません。  在るがままに描けば、美しいに決まってる・・と考えるからです。 新たな反応の仕方・・・モデルも制作者も日々変化していく中で、新しいものの見方や反応の仕方を楽しみながら制作を続けてます。 美術モデルもしくはヌードでなくてもポートレイト撮影をご希望の方、こちらへ連絡ください・・・モデル希望者

 

コラージュ作品展 自己の尊厳 心理学 という方法論 精神の安定

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